キックボクシングのそれ、やらせてください。

 

初めに私が、“なぜ” Kickbxoing Gateを立ち上げたのか、その経緯を書いていきます。
少々長いですが、お付き合いください。

キックボクシングとの出会い

私が初めてキックボクシング の試合に出場したのは、5歳の時です。

キックボクシング をしていた、父の影響でキックボクシング に出会い、私は試合に出ることになりました。

なぜやりたかったのかは、覚えていません。
とても小さい頃だったので、当時の私が試合に出るか出ないかの判断を自分でしたのかも、今となっては全くわかりません。

父親によれば、私は小学生の後半頃には、キックボクシング の世界チャンピオンになる。という夢を決めていたとのいうことです。

小学生の時は色々なスポーツをしていましたが、中学校に入学する時、キックボクシングに没頭する日々が始まりました。

私はアマチュアで試合を積み15歳(中学三年生)でプロの試合に出場しました。

小学卒業文集より
14歳の時のアマチュアの試合より
©️Yuichiro Suzuki

 

2012 年11月11日の試合
©️Yuichiro Suzuki

転機

プロの試合を18戦重ね、高校卒業しキックボクサーと生きていくと決めた2014年の春に転機が訪れます。

それは、脳に問題がみつかり選手を引退しなくてはいけないという事でした。

私は、この事実を受け入れきれませんでした。

なぜなら、私はキックボクシングという世界に自分の生きる価値を見出していたからです。

 

私はこの時点で、「あと1試合だけしたい。」という気持ちがありました。

 

しかし、私の身体のことを心配してくれる周りの人たちは、私のこの想いには大反対でした。

 

周りの大反対を押し切ってでも、私は試合をしたかった。

それは「自分のけじめ」として。でした。

 

試合をするにあたり、

リングドクターには「両親の了承が必要です。」と言われました。

それは、私が10代だった為です。

 

私は、母に「一試合だけしたい。」とお願いしました。

母は答えはもちろんNO。「試合だけはダメ。」と繰り返していました。

 

どうしても、どうしても試合をしたかった私は、母に

「この試合させてくれなかったら、僕はお母さんから生まれてきたこと後悔するかもしれない。」という言ってはいけない言葉を言ってしまいました。

ここまで大切に育ててくれたのに、こんな言葉を言った私が私の中にいると思うと本当に情けなくなります。

 

そうやって試合をすることになったのですが、、、

 

対戦相手は、当時私が戦っていた階級より1階級上で強さを誇っていたタイ人の元世界チャンピオンに決まりました。

彼は、ムエタイのスタイルをキックボクシングにアジャストさせ、日本のリングで勝ち星を重ねていました。

 

選手としての最後の試合

この試合に望んだ理由(わけ)は、一つ。

「自分の周りの人にだけでも、キックボクシングという世界が存在するんだぞ。ということを共有したい。」

 

最終的に350人ほどの人達が私からチケットを買ってくれて応援に来てくれました。

小中高で出会った友達、学校でお世話になった先生方、幼い頃から応援してくれた父と母の友人。

私は、周りの方々に直接会いにいくか、もしくは、手紙を書き自分の想いを伝えました。

 

最後の試合の結果は、2RでTKO負け。
セコンドからのタオル投入で試合は終わりました。

宙に浮くタオルが自分の視界に入った瞬間、体の芯と心の芯が 「ほんのり温かかった。」 のを鮮明に覚えています。

このような形で私のキックボクシング選手としてのキャリアは閉じました。

 

2015年3月21日の試合:入場時
VS タップロン・ハーデスワークアウト
©️BoutReview

 

この試合が終えたのち、私は生きている限り追いかけられる目標を決めます。それは、

「キックボクシング に出会った人にキックボクシング に出会ってよかったと思ってもらえるような世界にする事」

 

 

私はキックボクサーを引退してから、アルバイトをしお金を作りながら英語を勉強し、選手時代にお世話になった先輩がいるアリゾナにあるコミュニティカレッジ(2年制総合大学)に進学しました。

現在は、学籍をアリゾナのカレッジに残し、オンラインでカレッジの授業を受けながら日本にいます。

キックボクシングにできることは、何か考えたときに今の私にできることは、
キックボクシングを発信していくことだという想いにたどり着きました。

 

現在のキックボクシング

 

現在のキックボクシングは、国内外関わらずキックボクシングという競技を多数のイベントプロモーターたちが、イベントを行っています。

そのイベントは独立したもので、キックボクシングの一番を決めるイベント、キックボクシングの高潔さをつくっていく統一機関はありません。

 

しかし、メディアはキックボクシングを取り上げます。
結果として、世の中の人は、キックボクシングに出会う機会は増えていきます。

 

その機会は、多様です。

例えば、キックボクシング選手の試合観戦を通して、キックボクシングジムのエクササイズを通して、などが存在します。

 

社会としてキックボクシングの形をつくっていくために、キックボクシングとはなんなのかもう一度自分に問いただすため、Kickboxing Gateを立ち上げることにいたしました。

このサイトは、私自身の自己記録でもあります。

 

これから

私にできることはなんだろうか?と問いただす日々が続きました。

 

導き出した答えは、
「社会の中にあるキックボクシングという存在をデザインしていくこと。」

これからキックボクシングに出会う人たちにキックボクシングに出会ってよかった。
と思ってもらえるような世界にするために、生きること。

これから一つしての軸として行うのは、キックボクシングにおけるリサーチです。

英語の論文や参考文献なども取り入れながら、発信していこうと思います。