2022年6月19日に東京ドームで行われた「THE MATCH 2022」では、メインイベントで那須川天心(以下、天心)と武尊がメインイベントで対戦しました。両者の対決は、世間から大きな注目を集め東京ドームは超満員、ABEMAのPPV放映では、50万件以上の購入がありました。
勝利した天心は試合後の判定時に涙を流し、敗れた武尊も涙を流しました。
嬉し涙、悔し涙、では割り切れない何かがあるのを、観ている全ての人が感じたと思います。
試合まで両者が背負っていたプレッシャーは、計り知れません。
私は、世間から熱望されてきた試合が実現できなかった責任を誰かにを押し付けるのではなく、業界内の仕組みがそうさせているだと考えています。
本記事においては、①なぜこの試合が実現したのか、②勝敗を分けたもの、③これからの業界について。この3点について述べます。
私が本件について述べるのは大変烏滸がましい限りではありますが、THE MATCH 2022の実現に向けて尽力された三団体に敬意を表します。あわせて、すべての出場選手の健闘を讃えます。なお、本記事において、なぜ負けたのか、勝ったのか、など戦術における論述は行わず、団体間での契約の違い、競技に対しての認識の違い、試合までの契約交渉とルールに焦点を当てていきます。建設的な批判は歓迎しますが、「実現させるべきではなかった」という後ろ向きな議論に終始するのではなく、本大会を契機に、業界をより良い方向へ発展させるための議論につなげていきたいと考えています。
では、はじめます。
①なぜこの試合が実現したのか。
天心と武尊の試合は長らく待望されてきた。それにもかかわらず、なぜ約7年もの間、実現しなかったのか。本項ではその原因を探り、実現に至った理由を考察する。
まず初めに、この試合は実現しなかった根本的な理由は、選手と団体との契約の違いであろう。というのも、K-1と契約している選手は、K-1JAPANGROUPの管轄における試合にしか出場することができない。明確な契約内容は、明らかになっていないがK-1契約下の選手にインタビューをしたところ、試合数もしくは、年間での契約を交わすそうだ。一方、RISEに出場する選手は、1試合ごとの契約になるため、国内外他団体のイベントへの出場が可能である。2011年に、新生K-1(2014年立ち上げ)の前身でもあるKrushでデビューした武尊は、2015年 初代K-1 WORLD GP -55kg 王者になった。2014年にRISEにてプロデビューした天心は、2015年にRISEバンタム級王座を獲得し、その年に同階級のチャンピオンを集めて開催されたBLADEのワンデートーナメントで優勝し、リング上で武尊への対戦をアピールした。同競技、同階級での最強を決めたい。それがこの試合の発端であろう。
ここからは、このような団体下での契約の違いがあったのにも関わらず、なぜこの試合が実現したのかを考察する。最大の理由は、両者が勝ち続け、世間を巻き込んでいったからであろう。対戦をアピールしてから両者とも、コンスタントに試合を行い、天心32戦、武尊19戦(お互いエキシビジョンマッチを含まず)を全勝した。もう一つあるとすれば、武尊自身が試合を実現させたいという気持ちが大きかったことであろう。
武尊の主戦場であるK-1は、独自の契約体系とルールを設け、K-1は競技であることを主張している(K-1 公式サイトより)。しかし、RISEなどの他団体で行われているルールとほぼ相違点はなく、武尊としては他団体で注目を集める天心に対してのもどかしさがあったに違いない。K-1の経営サイドは、100年続くK-1の礎を築くための大切な時期としており、観客動員数、イベントの演出において他団体より優っていたため、他団体と交わるようなリスクを犯したくなかったという意図が見てとれる。
この件にはおいて、新生K-1のオーナー経営者である矢吹氏は、「ルールに基づいて戦うべきだっていうのが僕の考えなんです。大人の事情も子供の事情もない。ただルールだけがある。同じルールで戦うのがスポーツ。その枠を超えちゃうと競技として成立しない、そして、競技として成立しなければ100年後の未来はない。僕がずっと思っているのは、花火を打ち上げるのは簡単だけど、そのあとのことを誰かが考えないといけないということ。だけど、100年続いていくK-1の歴史のなかで、たまにはこういう起爆剤があってもいいだろうと。ここでテレビの新しい見方を普及させる。そういう視点から今回K-1サイドとして武尊選手にGo を出したんです。」(GOETHE 2020年6月号) と話す。
また、このような大規模な団体間での対抗戦は、類似競技であるボクシングとMMAにおいては、行われなかった。ボクシングにおいては、団体、英語に置き換えればPromotionという概念は、国や地域のコミッションの認定とWBA, WBC, IBF, WBOなどの協会の認定においてイベントを行うため、K-1のような閉ざされた団体はない。プロモーター同士が、協会の認可のもと交渉しマッチメイクを成立させ試合が行われるのである。一方で、現代のMMAでは、UFCが総合格闘技内のマーケットシェアを約80%を占めているとされ、Bellator, PFL, ONE Championship などの他団体と交流することはないだろう。その理由は、UFCがトップファイターが集まる場を確立させたためである。UFCは、団体間での対抗戦は行ってこなかったものの、過去にPRIDE、 WEC、 StrikeForce を買収した経緯がある。戦績や団体の違い、競技的な差異はすでに述べた通りだ。
しかし、この試合を現実のものにしたのは、ただ一つ。二人が負けずに勝ち続け、互いを求め続けた、その事実に尽きる。
②勝敗を分けたもの
ここでは、試合実現までの契約交渉を軸に、勝敗の意味を読み解く。
天心VS武尊の試合の交渉においては、ルールと体重が試合を成立させるための問題であったと推測する。その理由は、両者の主戦場であるRISEとK-1では、多少ルールが異なるからである。また、天心と武尊においても直近の3試合では、試合を行う契約体重が違っていた。両者の対戦が熱望された2015年は、同じ階級(55kg)であったが、あれから月日は経ち武尊は5kg重い60kgで試合をしていたのだった。
以下、RISEとK-1のルールの違い (RISE、K-1公式サイトより引用)
| RISE | K-1 | |
| ラウンド時間 | 3分 | 3分 |
| ラウンド数 | 3R(タイトル戦 5R) | 3R |
| 有効打 | 立ち技のパンチ、蹴り | 立ち技のパンチ、蹴り |
| 禁止技 | 肘、投げ | 肘、投げ |
| ジャッジ数 | 3名 | 3名 |
| 蹴り足を掴んでの攻撃 | 一発まで | 反則 |
| 首を掴んでの膝 | 瞬間的に膝蹴り一発 | 反則 |
以下、両者の直近3試合の契約体重
| 日付 | 契約体重 | |
| 武尊 | ||
| VS 村越 | 2019/11/24 | 60kg |
| VS ペッダム | 2020/3/22 | 60kg |
| VS レオナ | 2021/3/28 | 60kg |
| 天心 | ||
| VS 志朗 | 2021/2/28 | 55kg |
| VS 鈴木 | 2021/9/23 | 55kg |
| VS 風音 | 2022/4/2 | 55kg |
ルールにおいては、有効打は共通するものの反則技においてRISEとK-1には、違いが生じる。また前述した通り、武尊と天心との直近3試合では、5kgの差があり、交渉は難航したと推測する。
実際に行われたルール(K-1公式サイトより)
前日計量58kg契約 ※当日計量(試合3時間前)62kg (4㎏戻しまで)
3分3R 延長1R 引き分けなしのマスト判定で勝敗を決めるルール(延長は延長ラウンドのみの採点)
蹴り足を掴んでの攻撃、首を掴んでの瞬間的な攻撃は、一発のみ可
ジャッジ数は5名。各ラウンドオープンスコアシステム
論点になっていたルールに関しては、天心の主戦場であるRISEのルールが採用され、体重は60kgと55kgの間である、57.5kg より武尊サイドの60kgに0.5kg近い 58kg で設定された。今回の試合に限っては通常の体重差を考慮してか、当日計量も行われた。この事例は、K-1にもRISEにも過去には行われたことがない。
試合結果は、天心が1ラウンド(以下、1R) の終盤にダウンを取り判定5-0で勝利した。
契約の課題であった試合ルールと体重においては、ルールを天心の主戦場であるRISEに合わせ、契約体重を0.5kg 武尊に合わせたことで、両者の公平性が取れたのだろうと推測する。
体重において、天心は2019年のRISE WORLD SIRIESにおいて58kg、2020年9月27日に皇治戦において58.5 kg 契約で試合を行ったことがあるが、適正体重である55kgでは対戦相手を探すのに困難だった状況があったと推測される。
しかし、ここまでルールと体重の契約に拘ったのは、天心サイドであることは言うまでもないであろう。
また、今回の交渉では、武尊のK-1サイドより、天心サイドの方に主導権があったと推測する。それもそのはず、天心はボクシングへの移行を宣言しており、この試合のためにキックボクシングラストマッチを引き伸ばした。無敗という戦績はボクシングで活躍するために必要不可欠だったと言える。2015年以来、熱望されていたこの一戦に関して、武尊は2018年3月にはリング上にて、やりたいならK-1に上がって来てくださいと発言していた。しかし、2018年12月31日、RIZINの舞台にて フロイド・メイウェザー VS 那須川天心が行われ知名度が逆転。それまで、武尊が天心を上回っていたソーシャルメディアのフォロワー数も、天心が武尊を上回り、その後も天心はバラエティ番組に出演し知名度を上げた。以上のような背景があり、武尊は同じ階級にいた天心との一戦をどうしても実現させようと体重やルールを譲ったに違いないと推測する。
試合は、本項の前半でも述べた通り1Rで天心がダウンを取り、2R、3Rを先手のジャブの攻撃と接近側でのクリンチを活用し武尊の猛攻を抑え勝利した。
③これからのキックボクシング業界について
THE MATCH 2022は、キックボクシング業界に何をもたらしたのか。その影響と、その後の業界の変化を読み解いていく。
今大会がキックボクシング業界にもたらしたもの、明らかになった課題を踏まえ、課題解決策を述べる。まず初めに、今大会がもたらしたものを、数値的な観点である観客動員数、PPV、試合結果から紐解く。今大会は、2022年6月19日に東京都文京区の東京ドームにて行われ、大会実行委員の翌日会見では5万6399人の来場者数と発表された。また、サイバーエージェント執行役員の藤井琢倫氏より、PPVの購入数 50万件以上の購入があったと発表された。
以下、日本における歴史的なボクシング、プロレス、総合格闘技イベントとの観客数を比較した表と、類似競技である、ボクシング、総合格闘技(今回は、UFCに限定する)とのPPV数の比較を表にしたのもである。
日本の類似格闘技イベントの観客動員数 (Yahoo! JAPAN, Boutreview 引用)
| 順位 | 日付 | 競技 | 場所 | 観客数 |
| 1 | 2002/8 | MMA & Kickboxing | 国立競技場 | 91000 |
| 2 | 2002/12 | Kickboxing(K-1) | 東京ドーム | 74500 |
| 3 | 1998/4 | プロレス | 東京ドーム | 70000 |
| 4 | 2022/6 | Kickboxing | 東京ドーム | 56399 |
| 5 | 1989/4 | プロレス | 東京ドーム | 53800 |
ボクシング PPV (World Sports Weekly 引用)
| 順位 | 日付 | 対戦カード | PPV 購入数 | PPV 売り上げ |
| 1 | 2015/2 | Floyd Mayweather VS Manny Pacquiao |
4,600,000 | $410 million |
| 2 | 2017/8 | Floyd Mayweather VS Conor McGregor |
4,300,000 | $396 million |
| 3 | 2013/9 | Floyd Mayweather VS Canelo Álverez |
2,200,000 | $150 million |
| 4 | 2007/5 | Floyd Mayweather VS Oscar De La Hoya |
2,480,000 | $136 million |
| 5 | 2002/6 | Mike Tyson VS Lennox Lewis | 1,950,000 | $112 million |
UFC PPV (GiveMeSport 引用)
| 順位 | 日付 | 対戦カード | PPV 購入数 | PPV 売り上げ |
| 1 | 2018/10 | Nurmagomedov vs. McGregor | 2,400,000 | $180 million |
| 2 | 2016/8 | Diaz vs. McGregor II | 1,650,000 | $90 million |
| 3 | 2009/7 | Lesnar vs. Mir II | 1,600,000 | $82 million |
| 4 | 2016/3 | McGregor vs. Diaz | 1,500,000 | $80 million |
| 5 | 2015/12 | Aldo vs. McGregor | 1,400,000 | $80 million |
観客動員数に関しては、2022年6月6日に国立競技場で行われたサッカー日本代表ブラジル戦の観客数 63638人 (Yahoo! JAPAN より)には、及ばなかったものの、東京ドームを満員にした。表に示した、東京ドームでの70000人以上の観客数に関してだが、公式サイトには収容人数が55000人と書いてあり、そもそも70000人を集められるキャパシティがあるのか、データには信憑性が欠ける。PPVの購入数は、50万件以上と発表があったことは前述しているが、ボクシング、UFCとは雲泥の差があることは明らかである。50万件以上といっても、50万人以上が視聴したという単純計算ではなく、あくまでもPPV購入数であり、一つの画面で複数人で視聴したとされるため少なくても50万人以上が視聴したと言えるであろう。ボクシング、UFCとPPV購入数に大きな差はあるといっても、ボクシングの本拠地とされ、UFCの本社を構える米国と日本との人口の違いもあるので、ABEMAの独占放映だった今大会に関しては日本中多くの人が視聴したと言えよう。また今年行われたボクシングの村田諒太VSゲンナジー・ゴロフキン、井上尚弥VSノニト・ドネアとの試合は、Amazon Primeで放映されたが、PPVの売上は公表されていない。なお、K-1の創設者である石井和義氏は、自身のTwitterで、「チケット売り上げ20億、ペイパービュー50万件25億 スポンサー5億、計50億。観客数59000人すべての興行記録塗り替えたね。」とツイートした。
今大会が、対抗戦という構図でもあったことから各団体にとって勝敗が重要だろうという仮説のもと、試合結果も述べる。今大会は、全16試合が行われ、RISE VS K-1という構図においては、11試合が組まれ、6勝5敗でRISEが勝利した。そのほかの、K-1勢に対して、シュートボクシング、新日本キックボクシング、MAキックボクシングボクシングから選手が参戦し、3勝2敗で非K-1側が勝利した。白黒をつけるとなると、K-1の敗北になるが、K-1という一つの団体が、他のキックボクシング団体のトップ選手と互角に渡り合えることを、総合的に証明した形となった。それも、K-1がこの対抗戦に5名の現役世界チャンピオン、2名のトーナメント覇者、など主力選手を出場させ、他団体との交流を厭わなかったからこそ、この結果を生み出せたのであろう。
最後に、今後の発展に向けて今大会で明らかになった課題を取り上げる。それは、社会的信頼の欠如である。試合発表時の2021年12月には、フジテレビにて放送が決定していたが、2022年5月31日に、放送中止を決定した。理由は、諸般の事情を総合的に考慮した結果と説明している。(スポニチより)また本件に関して、実行委員の榊原氏は、経済的な条件でフジテレビさんが折り合わなかったんじゃないです。と、5月31日の緊急会見で述べている。今大会実行委員の榊原氏の反社会的組織との繋がりを週刊ポスト5月20日号に取り上げられたことが事の発端だったと言えよう。フジテレビの放送中止を受け、何社かがスポンサーを辞退したと推測されるが、2021年までRIZINのタイトルスポンサーであったビーズソファで知られるYogiboが、大会タイトルスポンサーを発表する。Yogibo CEOの木村誠司氏は、6月12日 自身のTwitterで「Yogiboは世紀の一戦「THE MATCH 」に冠協賛を決めました。最高の二人・最高のカード揃いで雰囲気暗いなんて有り得ない。我々の参戦で伝説の舞台が少しでも華やかになれば幸いです。しかしホント緊急でご提案6/9からの今日。」とツイートした。タイトルスポンサーという新たな収入源を得て、開催に至った今大会だが、反社会的組織との関係を払拭できなかった運営側には、社会的な信頼構築という面では大きな課題が明らかになってであろう。
最後に、この業界が今後進むべき方向性について整理する。
ここで扱うのは、キックボクシング業界全体がこれからどこへ向かうべきかという方向性であ理、各団体の収益拡大策ではない。このような大会を定期的に行っていけば良いではないかという意見もあるが、そう簡単にはいかないであろう。理由は、K-1側の中村プロデューサーは、事前に行われた会見で今回限りと団体間を横断した大会の継続を否定していることに加え、このような世間的な波を作れるかという課題もある。この試合後、天心はボクシングへ転向。武尊は、総合格闘技への転向を示唆しており、この両者が抜けた後にキックボクシング業界全体として動いていくことが、今後のキックボクシング業界の発展において重要だと考えている。そもそも、この業界において誰か特定の人や団体が悪いという批判をすべきではない。選手、コーチ、ジム経営者、大会側、そしてファンのためのキックボクシング業界全体としてのシステムの構築が必要であろう。前述したように、観客動員数とPPV購入数は大きな成果を上げた。しかし、ビジネスの発展だけに目を向けるだけではなく、競技としての発展に注力し、ビジネス面と競技としての発展の両輪で考えていくことが何より重要である考えている。
私が提案するのは、競技化を推進するための第三者組織として、中央競技団体を構築することである。現状、キックボクシング業界では各団体が審判部を設け、ルールを定めているが、それらは第三者機関としての機能を十分に果たしていない。それがゆえに、今大会でも一般社団法人 日本MMA審判機構(以下、JMOC)が競技運営協力をしている。また、天心VS武尊の試合においてもJMOC理事の豊永 稔氏がレフリーを勤めている。お気づきかもしれないが、JMOCは、総合格闘技の審判機構であり、キックボクシングの審判機構ではない。キックボクシングの審判機構がないがゆえに、このような自体になったのであろうと推測する。サッカー、野球、バスケットボールなどのスポーツ団体や、類似競技の事例を踏まえ、中央競技団体を設立することが重要である。これは、前述の課題である社会的信頼の構築にも資する。こうした組織を整備できれば、今回のようなルール交渉に時間を費やす必要はなくなり、各団体は収益拡大に向けた施策に集中できる。一方で、前述の通り、K-1は自らをキックボクシングとは異なる独立した競技と位置付けている。実際に公式サイトでも、「K-1はK-1という独立した競技である」と明記されている。この点について、運営の思想そのものを否定する意図はない。しかし、誤解を恐れずに言えば、「倒すこと」や「ダメージを与えること」を強く志向する競技設計は、万が一重大事故が発生した場合、競技の正当性や倫理性の観点から厳しい批判にさらされるリスクを内包している。今回の大会は、K-1とキックボクシング他団体が同一のリングで対戦できることを示した点で大きな意義がある。だからこそ重要なのは、「倒し合い」ではなく、「競技として勝つこと」を目的とした枠組みへと再定義することである。そのためには、各団体が個別にルールを差別化していくのではなく、第三者機関を構築し、キックボクシングを一つの競技として統一的に整備していく必要がある。そうした枠組みがあってこそ、今回のような大会を通じて業界全体の価値を高め、各団体の魅力を社会に訴求していくことが可能になる。
また、キックボクシングには肘打ちや首相撲(首を掴んでの攻防)を認めるべきだという意見も存在する。こうした主張が、日本における歴史的な文脈の中で醸成されてきたものである点は否定できない。しかし、この論点を考える上では、世界的な動向に目を向ける必要がある。現在、プロ興行として世界的な影響力を持つGLORYやONE Championshipは、いずれも肘打ちを認めず、首相撲も限定的に制限したルールを採用している。また、国際競技連盟としてオリンピックに承認されているWorld Association of Kickboxing Organizations(WAKO)も、同様に肘なしのルールを採用している。一方で、International Federation of Muaythai Associations(IFMA)が認可を受けているムエタイは、肘打ちを含む競技として体系化されており、両者は明確に異なる競技として整理されている。したがって、キックボクシングを一つの競技として確立するのであれば、国際的な標準に基づき、ルールを統一していくことが不可欠である。現状のように各団体が独立してルールを設定する状況では、競技としての一体性を確立することは難しい。本大会が、単なるビジネス的成功にとどまらず、キックボクシングを競技として発展させる契機となるかどうかは、こうしたルールの整理に踏み込めるかにかかっている。
ここでの結論は明確である。キックボクシングは「競技」として再定義されるべきだ。現状のように、各団体が独自のルールと判断基準を持つ構造では、競技としての一体性も、社会的信頼も確立することはできない。今回の大会が示したのは、その可能性と同時に限界でもある。必要なのは、ルールと運営を統一的に管理する第三者機関、すなわち中央競技団体の構築である。この基盤があって初めて、キックボクシングは「倒し合い」ではなく「競技」へと昇華される。THE MATCH 2022は終わりではない。キックボクシングを一過性の熱狂で終わらせるのか、それとも持続的に発展する競技へと進化させるのか。その分岐点に、今この業界は立っている。
後書き
私は幼少期からキックボクシングを始め、15歳でプロ選手として活動しました。19歳で競技を離れた後は、選手育成や地方プロモーションの立ち上げに携わり、現在は米国の大学でスポーツ経営を学んでいます。本記事で意見を述べるべきかどうか、最後まで迷いがありました。それでも、これからキックボクシングに出会う人たちのために、自分にできることを考えたとき、発信することを選びました。キックボクシングの発展につながる建設的な批判は、真摯に受け止めたいと考えています。ぜひ議論を交わしながら、より良い未来について考えていければ幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。